こんにちは。作業療法士のトアルです。
「お前のために言っている!」
と怒りを交えてこういった言葉をうけた経験のある方はいるでしょうか?
たとえ、非がこちらにあるにせよ、言われた後は気分を損ねますよね。
今回は「お前のために言っている!」という人の心理について考察したいと思います。
よろしければ、続きをご覧ください。
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リハビリでの現場でも上司が部下に向かって「お前のためを思って言っている」と言う場面を見かけることがあります。多くの場合は「怒り」の感情と共にこの発言が聞かれると思います。
ニコニコしながらいう人はあまり見ませんよね。
この「怒りの感情」というのは、かなり厄介なもので、ほぼ100%相手の反感を買います。
言われた方は、腹が立って怒っただけだろと思うわけです。
言った方も、言った後に少し冷静になり、後々の職場の人間関係にも支障があるため、自己保身で「お前のために」と言っていると思います。
こんなことを言うと反感を持つ方もいるかもしれませんが、個人的にはそう思っています。
相手のためを思ったら「怒る」という「感情」が先にくるのはおかしいはずですよね。
相手のためを考えているなら「相手が良くなるにはどのように伝えるべきか?」をよく考える必要があるはずです。
ある目的を達成するために、「怒る」という選択肢は有効ではありません。
それは怒られる側の立場になると分かります。
怒られる側からすると、「怒りの感情」に晒されると強烈なインパクトを受けます。
この事実は「不快な感情」とともに脳に刷り込まれるんですね。
人は「不快な感情」を忘れる事ができません。理由は簡単で、攻撃されることに対して人は防御しようとするからで、生理現象ともいえるかもしれません。
普通、怒られた後に「では、このように改善しよう」とポジティブに考えられません。
怒られた側の気持ちとしては、
「言われて腹が立つ」
「言われて落ち込む」
こういった気持ちになる方がほとんどのはずです。
怒られた後はどうしてもモチベーションは落ちます。
モチベーションが上がるという人には滅多にいないでしょう。
これは怒られた経験がある方なら誰しも共感できると思いますし、どうあがいても「怒る」ことは相手のプラスとはなりにくいのです。
それを知っているはずなのに、「お前のために怒っている」といっている人を見ると「…違うだろ?」と思うわけなんですね。
少し前に「怒るのではなく叱る」のが正解と言われていた事もありましたが、これもどうかと思います。
確かに「叱る」ことが必要な場面もあると思います。
相手の失敗や無礼に対して「叱る」のは有効だと思いますが、これに上乗せして相手の能力や人格を否定している場合もみられます。
これは相手の存在そのものを否定する行為で「叱る」という範疇を超えています。
例えば、DVで妻に暴力をふるう人が、「本当に愛しているから」といったり、虐待している親が「しつけのつもりだった」、いじめっ子が「遊びでやった」という理屈と変わらないのではないかと思います。
「愛している」「しつけ」「遊び」という理由で、一方的に相手を傷つけるのが正当化されるとは思えません。
それがリハビリの場合だと「後輩や実習生の指導のため」という理由に置き換わります。
相手の人格までも踏みにじって、一方的に攻撃した上に「お前のためだから」と言える感覚。
正直、まともな人格じゃないと思います。
では、自分が怒らないようにするにはどうすればいいのでしょうか?
相手のためと思っているなら「怒る」「叱る」よりも「励ます」「勇気づける」というのが正しいと思っています。
相手が良くなるためには根気よく向き合って、対話をしていくことが重要だと考えます。
怒りの感情をぶつけても相手が良くなる確率は薄いのです。
しかし、怒りの感情をコントロールして相手を励まそうとするのはかなり少ないはずです。
ほとんどの場合は「叱る」を建前に自分の感情のはけ口を相手にぶつけています。
結局、相手は委縮してしまいミスが多くなるなど生産性が下がっていきます。
どう考えても良いことはありません。
それでも人間は感情に振り回される生き物です。
怒りをコントロールしようと思ってもなかなかできません。
頭では理解していても「イライラする」「腹が立つ」という感情が先走る傾向にあります。
できれば、こういったことは避けたいんですけどね。
どれだけイライラする状況に立たされていても周りにそれをまき散らさないように、コミュニケーションをとっていきたいですね。
長文となってしまいましたがお付き合い頂きありがとうございました。
この記事が皆さまのお役に立てれば幸いです。